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東京地方裁判所 平成8年(合わ)109号 判決

主文

被告人Aを懲役一二年に、被告人Bを懲役四年以上七年以下にそれぞれ処する。

被告人両名に対し未決勾留日数中二一〇日をそれぞれその刑に算入する。

理由

(判示第一の殺人等の犯行に至る経緯)

被告人A、被告人B、自称C及びD’こと自称D(なお、以上四名を「被告人ら四名」と総称することがある)は、いずれも中華人民共和国福建省長楽県出身の中国人であり、平成五年ころから同六年ころにかけてそれぞれ来日し、その後に互いに知り合ったものであるが、東京都大田区内のビルの一室に同居していたこともあるなど、交際を続けていた仲間である。

被告人両名は、Dとともに、平成七年一一月一七日、東京都大田区《番地略》甲野ビル二階所在のスナック「乙山」にいた際、Cから電話で、被告人らと同様福建省出身の中国人仲間であるEらが別の中国人グループと喧嘩になったので、加勢に来て欲しいと頼まれた。被告人両名及びDは、日頃から福建省出身者としては仲間の喧嘩には必ず加勢しなければならないと思い定めていたことから、直ちに加勢に向かうことに決め、凶器として使うバール五本の入ったバッグを持ち、喧嘩の現場である新宿区歌舞伎町に向かったが、Cと合流できたものの、Eや喧嘩の相手を発見することができなかった。このため、Eらを見捨てて一人で逃げ出して来たCは、大いに面目を失うところとなった。その後、被告人両名及びDは、Cと別れて乙山に戻り、同店店長のFに、右バッグを預け、帰宅した。その翌日、被告人ら四名は、右喧嘩により負傷したEを見舞いに行くと、同人の知人から右喧嘩の相手が新宿にいるらしいと聞かされたことから、Eのために仕返しをしようと考え、ナイフ二本を携えて、右知人らとともに新宿に赴いたが、結局相手を見付けることができなかった。

その後、被告人ら四名は、右知人らと別れて、前記乙山に向かい、同月一九日午前三時三〇分ころ、同店に入った。同店内には、先客として中国人六人のグループがいたが、暫くして、Cが、同店を出ようとした右中国人グループをからかったことから、右中国人グループのG’ことGと口論になり、被告人両名及びDもCに加勢しようとして、Fや店員のHの制止を振りきり同店入口付近にいたGに詰め寄った。この際被告人Bがナイフを振り回すなどしたため、身の危険を感じたGはその場から逃走したが、興奮さめやらぬ被告人ら四名は、C及びDにおいて、ナイフを示すなどして残りの中国人グループ(五名)を同店内に無理矢理戻らせた上、同店内でGの出身地や住所を尋ねるなどした。

被告人Aは、Fに、同店入口前の階段の踊り場まで連れ出され、喧嘩をしないよう懇願されていたところ、ビール瓶とナイフを手にしたGが、従兄弟のI’ことIを連れて階段を上がってくるのを見て、同人らが喧嘩をするために戻ってきたと分かり激しい怒りを感じたが、Fの懇願をくんで、Gらに対し、喧嘩を思い止まるための最後の機会を与えようと考え、Gに対して「今日のところはマスターの面子を立てて、お互いに我慢しようじゃないか」と話した。しかし、Gらがこれを聞き入れず、右Hの制止を意に介することなく向かって来たことから、被告人Aは、憤激の情を押さえることができなくなり、こうなった以上被告人ら四名でG及びIの二名と、互いに凶器を用いて徹底的に喧嘩するしかなく、その場合にはGら喧嘩の相手方が死亡するかも知れないが、それでも構わないと決意し、同店内に戻るや、被告人B、C及びDに対し、「奴らがものを持って来た。ものを持って下へ降りろ」などと指示するとともに自らもテーブルの上に置いてあったナイフを手に取った。被告人Aの右指示を聞いたCは今回は先頭に立って徹底的に喧嘩をして、前回の喧嘩で逃げ出した恥をすすがねばならないと決意し、ナイフを手にし直ちに同店から走り出して行き、被告人Aがその後を追った。被告人B及びDも、喧嘩になる以上仲間に加勢するしかないと決意し、一昨日同店内に預け置いていた前記バールを持ち出してそれぞれ一本ずつ手に取り、被告人A及びCに続いて同店を後にした。ここにおいて被告人ら四名は、被告人Aの右指示に呼応して暗黙のうちに、Gら複数の相手方に対し互いにナイフやバール等の凶器を使って攻撃を加える旨の共謀を遂げた。

(罪となるべき事実)

第一  被告人両名は、C及びDと共謀の上、

一  平成七年一一月一九日午前四時過ぎころ、東京都大田区蒲田五丁目一二番三号付近路上において、I(当時二七歳)に対し、Cにおいて、殺意をもって、所携のナイフでその右側腹部を突き刺し、よって、同日午前六時一五分ころ、同区大森西六丁目一一番一号所在の東邦大学医学部付属大森病院において、Iを腸骨動静脈損傷等により失血死させて殺害したが、被告人Aにおいては殺意を有していたものの、被告人Bにおいては傷害の犯意を有するに止まっていた

二  右一の犯行の直後ころ、同区蒲田五丁目四番六号付近路上において、G(当時二七歳)に対し、殺意をもって、それぞれ所携のナイフでGの胸部を突き刺したり、所携のバールでその頭部等を殴打するなどし、よって、同月二八日午後三時四八分ころ、同都千代田区神田駿河台一丁目八番一三号所在の駿河台日本大学病院において、同人を右ナイフによる刺突行為に起因する肝臓損傷を伴う胸部刺創による肺炎を含む多臓器不全により死亡させて殺害した

第二  被告人Aは、生活費に窮し、C及び中国人仲間のJと共謀の上、金品を奪取しようと企て、平成七年一一月五日午前四時三〇分ころ、東京都大田区《番地略》丙川ビル四階所在のナイトパブ「丁原」前エレベーターホールにおいて、K(当時二四歳)に対し、右Jが「金を出せ」などと申し向け、Cが所携のナイフを突き付け、右Kの右大腿部を突き刺すなどしてその反抗を抑圧した上、同人所有の腕時計一個(時価約二〇万円相当)並びに現金三万五〇〇〇円及び同人名義の外国人登録証明書外五点在中の財布一個(時価約五〇〇〇円相当)を強取したが、被告人Aにおいては恐喝の犯意を有するに止まっていた

ものである。

(証拠の標目)《略》

(争点に対する判断)

一  争点の概要

検察官は「判示第一の各犯行において、被告人ら四名いずれも、各実行行為が行われる前の段階で、武器を用いて相手方と喧嘩闘争を行えば相手方が死亡するかも知れないと認識しながら、あえて共同して相手方と喧嘩する旨決意し、その意思を相通じていたものである。したがって、判示第一の一の犯行において、被告人両名が実行行為を分担していなくても、被告人両名にはJ殺害の共同正犯が成立する。また、判示第一の二の犯行については、被告人両名は実行行為を分担しており、被告人両名に対しG殺害の共同正犯が成立することは明らかである」旨主張する。これに対し、各弁護人は、それぞれ各被告人について、「判示第一の一の犯行は、実行行為を行ったCの単独犯行であるから被告人は無罪である。判示第一の二の犯行については、被告人は、Gに対し暴行を加えてはいるが、G殺害の共謀をしていないので、傷害致死の限度で責任を負うに過ぎない」旨主張し、被告人両名も当公判廷においてこれに沿う弁解をしている。

二  犯行に至る経緯及び犯行状況等

関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

1  被告人ら四名の中では被告人Aがリーダー格であり、その指示に対しては、被告人B、C及びDも従っていたが、特に被告人Bは本件当時一七歳の少年であって、一〇歳年上の被告人Aの指示にはよく従っており、判示第一の殺人等の犯行に至る経緯記載のHの喧嘩に加勢に行く際も、被告人Aの指示に従いバールの入ったバッグを取りに行くなどしていた。

2  被告人Aは、本件当日、いったん前記スナック「乙山」から逃走したGが、ナイフとビール瓶を携えた上Iを連れて戻ってきた際、同店店長の喧嘩をしないで欲しいとの懇願を酌んで、Gに対して喧嘩をするのをやめようと申し出たが、Gがこれを聞き入れないばかりか同店店員の制止も意に介さず向かってきたので、遂に憤激の情を抑えることができなくなり、同店内に戻ると、被告人B、C及びDに対して、「奴らがものを持って来た。ものを持って下へ降りろ」などと指示した(以下「本件指示」という)。

3  先の喧嘩で逃げ出し大いに面目を失っていたCは、本件指示を聞くや、今回は先頭に立って徹底的に喧嘩をしなければならない旨決意し、すぐにナイフを手にして同店から走り出た。続いて被告人Aが、同店のテーブル上に置いてあったナイフをつかむとCのあとを追って同店を出た。被告人B及びDも、本件指示に呼応して、直ちに同店の厨房内に預け置いていたバッグの中からバールを持ち出し、それぞれ一本ずつ手にした上、Cと被告人Aに続き同店から走り出た。

4  被告人Aが持ち出したナイフは、刃体の長さが二〇センチメートルを超えており、Cが手にしたナイフは、刃体の長さが一六センチメートル位のものであり、いずれのナイフも鋭利で殺傷能力の高い危険な凶器であった。また、被告人B及びDが持ち出したバールは、金属製で長さが約七五センチメートルあり、その商品としての性能に「曲がらない」とうたわれているように相当の硬度を有するものであって、頭部等の身体枢要部に対する攻撃に用いられるならば、十分殺傷能力のある凶器であった。そして、被告人ら四名は、以前にも喧嘩をするために右各ナイフやバールを持ち出していたことから、それらの形状等を十分認識していた。

5  被告人A及びCは、右乙山の店内から戸外に出ると、ナイフとビール瓶を持ったG及びセーフティーコーンを持ったIが付近の路上にいるのを発見し、双方二対二で対峙した。しかし、G及びIは、被告人A及びCがいずれもナイフを手にしているのを見るとそれぞれ逃げ出した。CがIを追いかけたので、被告人AはGを追いかけた。

6  Cは、Iがセーフティーコーンを捨てて逃げ出したにもかかわらず、Iに追いつくや有無を言わさずその背後からIの右脇腹を力任せに一回突き刺した。Iは刺された後、手で腹部を押さえながら付近のカラオケボックス店内に逃げ込んだ。右刺突行為による刺創は、その深さが約一六センチメートルにも達しており致命傷となった。なお、IとGが逃走したのは同一方向であったが、被告人Aは、Gを追いかけるのに夢中であったため、Cの右刺突行為を目撃しておらず、また、被告人B及びDは、右時点では既に右乙山店内から出てはいたものの未だ右犯行現場付近に到達しておらず、やはり右刺突行為を目撃していなかった。

7  被告人Aに追いかけられていたGは、いったん被告人Aの方を振り返ると、被告人Aに対し、「お前の母親を犯すぞ」という侮辱の言葉を浴びせかけてきた。一方、被告人B及びDは、少し遅れて右乙山を出て被告人Aらを探していたが、被告人Bは、丁度Gが右の言葉を発したころ、Gの姿を発見した。被告人両名は、右のような侮辱の言葉を発したGに対しさらに激しい怒りをつのらせながら、DとともにGの追跡を続けた。このころ、被告人B及びDは、Gを追いかけている最中に、右カラオケボックス店前で脇腹を押さえて苦しがっているIを見かけたが、その付近に被告人A及びCの姿が見当たらなかったことなどもあり、Iが喧嘩の相手方であるか否か、Iが被告人AやCからの攻撃により重傷を負ったものであるか否かにつき明確な認識を持たなかった。

8  Dは、途中で被告人Aを追い抜きGに追いつくと、その背後からバールで殴りかかったが、手を滑らせてバールを落としてしまった。このとき、Gが、「お前達必ず後悔するぞ」などと復讐を予告する言辞を弄したため、被告人両名及びDは、Gに対する怒りの念を爆発させ、被告人Bが、バールでGの腕付近を殴打し、被告人AがナイフでGの上半身目がけて切りかかるなどした。やがて、被告人らに追い詰められ取り囲まれたGが、「あなた方に跪いてお詫びする」と言ったが、Gがナイフを手にしたままであったこともあり、被告人らの憤激の情は収まらず、被告人AがナイフでGの身体を切り付けるなどの攻撃を加えた。

9  その後、Gがその場に倒れ全く無抵抗の状態になったにもかかわらず、追いついて来たCも加わった被告人ら四名は、Cと被告人Bが所携のナイフとバールを交換した上、Cにおいて、「こいつをぶっ殺してやる」と叫びながらバールでGの頭部を数回力一杯殴打し、被告人Bにおいて、ナイフでGの足を数回切り付けるなどし、被告人Aにおいて、ナイフでGの上半身を切り付けるなどし、Dにおいて、バールでGの足を力任せに殴打するなどし、被告人Aが制止するまでそれぞれ手加減することなく攻撃を加え続けた(なお、Cが、所携のナイフを被告人Bの所持していたバールと交換する前の段階において、右ナイフでGを攻撃したか否かは証拠上明らかではない)。

10  被告人ら四名による右一連の暴行により、Gは、頭頂部左側の挫裂創(中等傷)、前額部右側の挫裂創(頭蓋底骨折及び脳挫傷を伴う重傷)、胸部(右季肋部)刺創(多臓器不全を引き起こした致命傷)、防御創と推定される左手指における三箇所の切創(軽傷)、左大腿後側下半から膝窩部、下腿内側下半にかけての擦過・打撲もしくは圧迫傷(脛骨骨折を伴う重傷)、左下腿前面の挫裂創(脛骨損傷を伴う中等傷)等の傷害を負った。致命傷となった胸部刺創の創管の深さは約一五センチメートルにも達するものであった。

三  事実認定についての補足説明

右の事実認定につき、補足して説明する。

1  被告人Aの本件指示がどのような言葉であったかについては、被告人ら四名の供述が分かれている。Cは、捜査段階において、被告人Aが「奴らものを持ってきた。みんなものを持って下へ降りろ」と言った旨供述しており、被告人両名及びDも、被告人Aが「奴らがものを持ってきた」あるいは「もの(あるいは武器)を持って来い」と言った旨供述している。これに対し、被告人AやDは、当公判廷においては、被告人Aが「もの」や「武器」という言葉を発したことはない旨供述を変更している(Cは、当公判廷において、当初、捜査段階におけるとほぼ同じ趣旨の供述をしていたが、その後、「被告人Aは、相手方が何か手に持って来たと言ったが、ものを持って来いなどとは言わなかった」旨の供述に変更している。被告人Bの公判供述は、捜査段階における供述とほぼ同様である)。しかしながら、被告人Aが、Gが凶器を携え仲間とともに戻ってきたことを目撃しながら、自己の仲間にその状況を告げず、凶器の携帯も要請しないで喧嘩に臨むとは考え難いし、被告人Aの言葉を聞いた被告人B及びDは、わざわざ右乙山店内の厨房にあったバッグの中からバールを取り出した上、被告人Aらのあとを追っていることに照らしても、被告人Aらの右公判供述は不自然であって信用することができない。本件指示の内容は、Cの捜査段階における右供述等を総合して、前記二2のとおりであると認めるのが相当である。

2  被告人Aは、捜査段階では、Gが乙山に戻ってきたときに、その連れが何人いるのかわからなかった旨供述しているが、当公判廷では相手方はGとIの二人だけであることは本件指示の前に認識していたことを認めている。F(乙山店長)及びHの各検察官調書(謄本)も、被告人Aの公判供述に沿うものであるから、同被告人の捜査段階の右供述は信用できない。

3  被告人Bの検察官調書(A甲五四・B乙九)中には、「Iが、カラオケ店の前で脇腹を押さえて苦しがっているのが分かった。それを見て、CがナイフでIの脇腹を刺したものと思った。Cは初めから殺すつもりで刺したと思う」旨の供述があり、Dの検察官調書(AB甲五一)中にも、「カラオケボックスの店の階段の所に、男が両手で腹を押さえて上がっていくのが見えた。この男は何も持っていなかった。この男が、被告人AあるいはCから刺されたことは想像できたが、その男を初めて見たので敵かどうかは分からなかった」旨の供述がある。しかしながら、関係証拠によれば、この時点では、Iは凶器を携帯していなかったこと、右カラオケボックスの付近に四、五名の日本人がたむろしており、その中には寝そべっている者もいたこと、被告人B及びDはかなりの速度で走っていたことが認められ、右事実に照らすと、喧嘩の相手方がどの人物であるのか把握しておらずIと面識もなかった被告人B及びDにおいて、Iが喧嘩の相手方であり、Cあるいは被告人Aからナイフで刺された旨明確に認識したとは考えにくい。また、被告人Bの右検察官調書では、Iの側にCの姿が見当たらなかったのに、何故Cが刺したと思ったのかにつき合理的な説明がなされておらず、右供述部分は些か唐突であるとの感を免れないし、Dの右供述は、喧嘩の相手方かどうかも分からないのに、被告人AかCが刺したと想像したという、それ自体不合理な内容となっている。したがって、被告人B及びDが、この時点で、CのIに対する右刺突行為を事後的に認識したとする右各検察官調書中の供述には疑問が残り、信用することができない。

四  共謀の有無・内容について

前記二の事実によれば、被告人Aは、凶器を携えたGが向かってきた時点で、被告人ら四名でG及びIの二名とお互いに凶器を用いて喧嘩するしかないと決意を固めた上、仲間の被告人B、C及びDに対し本件指示を行い、自らもナイフを手にしたこと、本件指示を聞いたC、被告人B及びDは、複数の相手方とお互いに凶器を用いて喧嘩をするのだと認識した上で、本件指示に応じて、仲間とともに喧嘩をしようと決意し、それぞれナイフやバールを持ち出したこと、CによるIに対する暴行行為(判示第一の一)及び被告人ら四名によるGに対する暴行行為(判示第一の二)は、いずれも被告人Aの指示に従って、喧嘩闘争における攻撃行為の一環として行われたものであることが明らかであって、遅くとも、被告人B、C及びDが、被告人Aの本件指示に応じて凶器を手にした時点において、被告人ら四名は、暗黙のうちに、仲間とともに喧嘩闘争を行い、その相手方に凶器を用いて暴行を加え傷害を負わせるとの意思を相通じており、以後は右共謀に基づきそれぞれの暴行行為に及んだものと認めることができる。

したがって、I及びGは被告人らの右共謀に基づく暴行行為により死亡するに至ったものであるから、判示第一のいずれの犯行においても、被告人ら四名に対し、少なくとも傷害致死の限度で共同正犯が成立することは明らかであり(更に被告人ら四名が暴行・傷害の故意にとどまらず、殺意を有していたか否かについては後述する)、各弁護人の「Iに対する犯行(判示第一の一)は、Cの単独犯行であるから被告人は無罪である」との主張は理由がない。

なお、被告人Bの弁護人は、被告人Bが、CがIを刺した時点においてIの存在自体を認識していなかったこと、Cの攻撃は逃げるIを一方的に追いかけて突然刺したものであり、被告人Bが想定していた喧嘩闘争の範疇を超えた行為であることを挙げて、被告人BはCの右刺突行為につき責任を負わない旨主張するが、傷害の故意を認める要件として、故意の対象たる人物が具体的に特定される必要はないと解されるし、Cの右刺突行為が右共謀と無関係に行われたものと認めることもできないので、右主張は理由がない。

五  被告人Aの犯意

前記二の事実によれば、被告人Aは、Gが前記乙山に戻ってきた際に、G側の人数や凶器等の状況を把握し、自分達の方が人数的にも凶器の面でも圧倒的優位にあると判断していたこと、喧嘩をするのをやめようとの申入れを無視したGの態度に激しい怒りを覚えたため、被告人B、C及びDに凶器を持たせて加勢させた上でG及びIを徹底的に攻撃しようと決意し、本件指示を行ったこと、被告人ら四名の中ではリーダー格であり、右三名の行動を規制し得る立場にあったにもかかわらず、喧嘩する意欲を失い凶器を捨てて逃げ出したIを、ナイフを手にしたCが追いかけ始め、Iが右ナイフによる攻撃で受傷する可能性が高まったのに、Cの行動を何ら制御しようとせず、CにIへの攻撃を任せたと認められること、自分自身は、逃げ出したGに攻撃を加えるべく追いかけ始めたところ、Gから侮辱の言葉を浴びせかけられるなどしたため憤激の情が一層強まり、被告人B及びDとともに、それぞれナイフやバールで攻撃を加え、Gが路上に倒れて全く無抵抗の状態になった後もなおGに対する攻撃を続けたこと、被告人A自身のGに対する暴行行為は、その上半身等に対し手加減せずにナイフで切りかかるという極めて危険な行為であったことが明らかである。

これらを総合考慮すると、被告人Aが、右乙山店内で、被告人Bら仲間に対し、本件指示により喧嘩への加勢を要請した時点で、被告人Aには、喧嘩の相手方であるG及びIが被告人ら四名の攻撃により死亡するに至るかも知れないが、それでも構わないという未必の殺意が生じており、被告人A自身の制止により判示第一の二の暴行行為が終了する時点まで、被告人Aは右殺意を持ち続けていたものと認めることができる(被告人Aは、当公判廷において、本件各犯行の前後を通じて殺意を有していなかった旨弁解するが、右の諸事情に照らすと誠に不自然である上、被告人Aの公判供述には自らの責任を回避しようとする供述が目立つことをも併せ考えると、右弁解を信用することはできない)。

これに対し、被告人Aの弁護人は、判示第一の二の犯行について、「被告人Aは、CがバールでGの頭部を殴打しているのに気付くと直ちにこれを制止しているのであるから、被告人Aに殺意があるとはいえない」旨主張する。しかしながら、関係証拠によれば、被告人AがCの攻撃を制止したのは、Cの攻撃の仕方が余りに残酷なのに驚き、その時点で我に返ったに過ぎないものと認められ、それ以前の殺意の存在を否定する事情にあるとはいえない。

なお、Cについては、その行為自体等から、被害者両名につきいずれも殺意があったと優に認めることができる。

六  被告人Bの犯意

1  Gに対する犯行(判示第一の二関係)

便宜上、まず、Gに対する犯行の際の、被告人Bの犯意につき検討する。

前記二の事実によれば、被告人B及びDは、被告人Aの本件指示に呼応して、喧嘩に加勢するためバールを手にして前記乙山店内から走り出たものの、事態を完全に把握できないままGを追いかけていたこと、しかし、Gから侮辱の言葉を浴びせられた上、更に「お前達必ず後悔するぞ」などと復讐を予告されたため、Gに対しその怒りを爆発させたこと、このため、Gを追い詰め取り囲んだ際、Gが「あなた方に跪いてお詫びする」と言っても、その憤激の情は収まらなかったこと、この間、被告人B及びDは、それぞれバールでGの腕を殴り付けている上、被告人AがナイフでGの身体枢要部へ危険な攻撃を加えていることを認識していたこと、更に、その後、Gがその場に倒れ全く無抵抗の状態になった後も、追いついて来たCも加え、被告人ら四名でそれぞれ前記二9の暴行を加えたこと、被告人ら四名による右一連の暴行により、Gは前記10のとおり負傷して死亡したこと、が明らかである。右の諸点からすれば、遅くとも、Gから「お前達必ず後悔するぞ」などと言われた時点において、被告人Bには、憤激の余り、仲間と共同してナイフやバールでGに対し攻撃を加えれば、Gが死亡するに至るかも知れないが、それでも構わないという未必の殺意が生じていたものと認めることができる(被告人Bは、当公判廷において、Gに対し暴行を加えた際殺意を有していなかった旨弁解するが、右の諸事情に照らすと、不自然かつ不合理でありたやすく信用することはできない)。

なお、被告人Bの弁護人は、「Gの致命傷となった胸部刺創は、被告人Bの暴行行為によるものとは認められず、被告人B自身は、Gを死に至らしめるような強度の暴行を行っていないというべきであるから、被告人Bには殺意を認めることができない」旨主張する。しかしながら、前記二の事実から明らかなように、被告人Bは、被告人Aが手加減せずにナイフでGの上半身に切りかかるという身体枢要部への危険な攻撃をしていることを認識した上、自らもGに対して攻撃を加え、Gが路上に転倒して全く無抵抗になった後もなおその攻撃を継続しているのであって、たとえ自分自身の攻撃がGに対し致命傷や重傷を惹起していなくとも、これをもって殺意の認定を妨げる事情と評価することはできない。

2  Gに対する犯行(判示第一の一関係)

前述したように、被告人B及びDは、被告人Aの本件指示を聞いて、複数の相手方とお互いに凶器を用いて喧嘩闘争を行うことになると認識した上で、直ちに右指示に応じて仲間とともに喧嘩する旨決意し、それぞれバールを持ち出しており、その後格別躊躇することもなく、未必の殺意をもって、Gに対し右バールやナイフを用いて攻撃を加えたことからすると、検察官が主張するように、被告人Bにもバールを持ち出した時点で複数の相手方に対する未必の殺意が生じていたと考えることも、あながち不合理であるとはいえない。

しかしながら、前記二の事実を子細に検討すると、本件指示に至るまでの時点で、被告人AはGの態度に憤激しており、Cも喧嘩相手に強度の暴行を加える強い動機を有していたのに対し、被告人Bには、右の如き動機等は格別存在しなかったこと、被告人Bは、被告人AやCの行動を規制する立場にあるとはいえず、むしろ被告人Aの指示に従う立場にあったところ、被告人Aから本件指示を受けたことから、仲間が喧嘩する以上加勢しないわけにはいかないと考えてこれに応じたこと、本件指示を受けた時点では、喧嘩の相手方の人数や凶器の種類等に対する明確な情報は全く与えられておらず、今後喧嘩がどのように推移していくか予想できなかったこと、CのIに対する攻撃を目撃しておらず、Cの右攻撃の前後の行動も把握していなかったこと、Gを追いかけていた最中に、Cからナイフで刺された直後のIを目撃しているが、喧嘩の相手方かどうかもはっきり認識しておらず、したがって、Cの前記刺突行為及びそれから生ずべき結果を容認した上で、Gへの攻撃を開始したとはいえないこと、Gから侮辱の言葉等を浴びせかけられるなどしたこともGへの攻撃の契機となっていること、といった事情を指摘することができる。そして、右の諸事情に照らすと、被告人Bが、被告人Aの本件指示に呼応してバールを手にして右乙山の店内から走り出る段階において、既に、喧嘩の相手方が被告人らの攻撃により死亡するに至るかも知れないが、死亡させても構わないとの未必の殺意を抱き、その旨の意思を被告人AやCと相通ずるに至っていたものと断定するには、なお合理的な疑いが残るといわざるを得ず、被告人Bの犯意としては、傷害の故意にとどまると認定するのが相当である。

なお、被告人B及びDは、いずれも捜査段階において、本件指示に応じてバールを手にした時点で未必の殺意が生じた旨供述している。その内容は、ほぼ同様であり、「福建省出身者は、団結心が強いため集団対集団で喧嘩することが多く、その場合にはお互いに武器を用いて戦うのが通常である。お互いに武器を用いて喧嘩する以上、殺し合いになることがあるので、こちらが殺される前に相手を殺すしかないと思った」というものである(A甲五四・B乙九、AB甲五一)。しかしながら、確かに、同省出身者である被告人らやEは、集団でしばしば喧嘩をしているようであるが、同省出身者の行う喧嘩であれば死者が出る可能性が高いことが客観的事実であるとまではいえないし、喧嘩闘争を行う双方の人数や凶器の種類等の状況如何によらず、常に相手方を殺さなければ自分達が殺されてしまうというような状況になるとも考えられず、右供述は合理性に乏しいといわざるを得ない。したがって、右供述は、「一般的に、ナイフ等の凶器を用いて喧嘩する場合、死者が出る可能性があるということは分かっていた」という一般論の域を出ないものと評価すべきであり、被告人B及びDの犯意を判断する際の資料として重視することはできない。

3  Dの犯意についても、被告人Bのそれとさしたる相違はないと思われるが、被告人両名の刑責を確定する上で、不可欠とはいえないので、深くは立ち入らないこととする。

七  被告人両名の罪責

以上により、被告人Aに対しては、判示第一の各犯行につき、いずれも殺人の共同正犯の成立を認めることができ、被告人Bに対しては、判示第一の一の犯行につき傷害致死の限度で共同正犯、判示第一の二の犯行につき殺人の共同正犯の成立をそれぞれ認めることができる。

(法令の適用)

被告人Aの判示第一の各所為はいずれも刑法六〇条、一九九条に、判示第二の所為は同法六〇条、二四九条一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の各罪について所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人Aを懲役一二年に処し、被告人Bの判示第一の一の所為は同法六〇条、二〇五条に、同二の所為は同法六〇条、一九九条にそれぞれ該当するところ、判示第一の二の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、少年法五二条一項により、被告人Bを懲役四年以上七年以下に処し、被告人両名に対し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中各二一〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(量刑の理由)

一  本件は、中国人である被告人両名が、中国人仲間二名と共謀の上、スナックで口論をするなどした相手方の中国人客らとお互いにナイフ等の凶器を用いて喧嘩をしようと決意して、右中国人ら二名に対し、ナイフやバールで攻撃を加え、その結果右両名を死亡させるに至ったという殺人等の事案(判示第一の各罪)と、被告人Aが、右事件の二週間程前に、中国人仲間二名とともに、パブの店長から現金や腕時計を脅し取ったという恐喝の事案(判示第二の罪)である。

二  本件殺人等の事案についてみると、被害者Iに対する犯行においては、Cが、喧嘩する意欲を喪失して抵抗することなく逃走する被害者を追跡し、その背後からその右脇腹をナイフで力任せに一突きして同人に致命傷を与えたものであり、また、被害者Gに対する犯行においては、被告人両名は、仲間と共にナイフやバールで被害者に襲いかかり、同人の謝罪の言葉を聞き入れず、同人が路上に倒れて無抵抗の状態になってもなお攻撃を続けて袋叩きにし、その結果同人は、右胸腹部刺創による致命傷のほか、頭蓋骨や左足を骨折する重傷を負ったものであり、いずれの犯行態様も極めて悪質で、発生した結果も重大である。そもそも、本件のきっかけとなった口論等も、被告人らの側に非があった上、被害者らが凶器を手にして向かってきたのも、被告人ら四名が被害者の仲間をスナックに閉じこめて帰宅させなかったことからであり、被告人両名が、被害者らと喧嘩をしようと決意するに至る経緯も芳しくない。そして、本件各犯行は喧嘩のためであればいとも簡単にナイフやバールを持ち出すという被告人両名の普段の態度に起因するのであって、このような規範意識を著しく欠いた被告人両名の態度は厳しく非難されるべきである。また、本件各犯行は、繁華街やその周辺の路上において、続けざまに敢行されたものであって、近隣住民に与えた不安感も軽視することができない。被告人Aと被害者らが店の入口前で対峙した当初、同被告人は仲裁に入ったFらの説得を聞き入れる姿勢を示していたのであるから、被害者らがその説得を聞き入れれば、あるいは今回の事件は起こらずにすんだ可能性は認められるとしても、だからといって被害者らの生命を奪ってよいという道理などあるはずはない。被害者らはいずれも二〇歳代後半の青年であり、このような形で人生の結末を迎えなければならなかった無念さは計り知れず、一日にして二名の近親者を失った遺族の悲しみも察するに余りあるものがあるが、これに対して、被告人両名は、今日に至るまで何ら慰謝の措置を講じていない。

三  被告人Aは、本件殺人等の事案において、憤慨の余り殺意を抱き、被告人Bら仲間と共同して、凶器を使用して被害者らを徹底的に攻撃しようと決意して、仲間らに喧嘩に加勢するよう指示した上、自らも、被害者Gに対しては、ナイフで切りつけるなどの実行行為を分担したものであって、主導的かつ中心的な役割を果たしたものといえ、その責任は、追随的に関与した被告人Bに比べると遥かに重いというべきである。さらに、被告人Aは、逃走中、Cに責任をなすりつけるよう共犯者らと口裏を合わせて、自己の刑事責任の軽減を画策するなど、犯行後の行状も芳しくない。また、本件恐喝事犯についてみると、その動機は生活に窮し手軽に金品を入手しようという短絡的なもので酌量の余地はなく、被害金額も相当高額である。同被告人は、中国人のパブ店長から金品を脅し取る計画を発案し、共犯者二人に犯行を持ちかけて仲間に引き入れた上、犯行現場においても、共犯者二人に指図して実行行為を行わせるなど、犯行全般を取り仕切る主導的な立場にあったと認められる。以上によれば、被告人Aの刑事責任は重大というほかはない。

したがって、殺人等の事案において、同被告人は、I殺害については直接手を下していないこと、同被告人は、CがGの頭部をバールで殴打するのに気付くや、ことの重大性を悟ってCを制止していること、同被告人は、種々不自然な弁解をしている点は遺憾であるが、二名もの死者を出したこと自体については反省悔悟していること、恐喝事犯については、被害金品の内、腕時計はその後被害者に返還されていること、同被告人には日本での前科がないこと、母国でこの帰りを待つ両親や妻がいることなど、同被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、主文の刑が相当である。

四  被告人Bは、被告人Aから喧嘩への加勢を指示されるや、誠に安易にこれに応じている上、被害者Gに対する犯行においては、逃走する被害者に追いつくや何ら躊躇することなく、率先してバールで攻撃を加えており、同人が路上に転倒して無抵抗の状態になった後も、ナイフで同人の足を切りつけるなどしているのであって、その果たした役割は小さくなく、誠に悪質である。したがって、被告人Bの刑事責任もまた重いというべきである。

他方、同被告人は、被告人Aから喧嘩への加勢を要請されたため、当初は相手方の人数等の状況を把握しないまま、共犯者らに追随して犯行に参加したものであること、被告人Bは、Iに対する犯行においては実行行為を分担していない上殺意もなく、被害者の死亡という結果に対する寄与度はCや被告人Aに比べて格段に低いこと、被告人Bは、当公判廷において、被害者に申し訳ないことをした旨供述し反省の態度を示していること、同被告人には我が国における前科がないこと、現在においても一八歳の未成年者であり、可塑性があると認められることなど、同被告人のために酌むべき諸事情も認められるので、当裁判所は、同被告人については以上の事情を総合考慮して、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 被告人A・懲役一五年、被告人B・懲役五年以上一〇年以下)

(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 平木正洋 裁判官 飯畑勝之)

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